病院・介護施設での転倒・誤嚥事故は不可抗力。不当判決(損害賠償)出す裁判官は現場知れ

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 入院患者・入所者の転倒事故や誤嚥事故が起きた際に、病院・施設・職員個人に対して、損害賠償や刑事責任を課す判決が相次いでいます。

 現場の事情を全く理解できない裁判官に、怒り心頭な現場職員も多い事でしょう。

 こんな酷い判例を元にして、これからも転倒・誤嚥事故の責任を、看護・介護職員に押し付け続けられるならば、看護職員・介護職員はこれからも永遠に過大なリスクと心労を負わされ続ける事になります。

 このまま現場に負担を強いる事を続ければ、耐えきれずに辞めていく人は増え、福祉現場で働きたいという人は減り続けるでしょう。

 裁判官に認識 及び 法制度が、現状のままならば、これから就職先を探そうとする方々には、看護・介護の現場への就職はお勧めしません。

 だって真面目に、目の回るような忙しさの中で、必死に働いて、何の落ち度が無いにも関わらずに、運次第で犯罪者にされてしまうような職場を、大切な人にお勧め出来ますか?

 看護・介護の現場で働く人が減れば、看護・介護を必要とする人達を受け入れる場所も減っていき、介護を受けられない介護難民も増える事になるでしょう。

 裁判官などの上級国民達は、超高額な有料老人ホームに入れるから、自分達は大丈夫!とでも思って、理不尽に現場を苦しめて、真面目に看護・介護で働く多くの人達を怯えさせ、疲弊させようが、平気なのでしょう。

 ここまで非論理的かつ不当な判決が続くならば、

 『現場の状況を知る作業すら怠り、人間には不可能なパフォーマンスを求め、現場の看護・介護職員側に過失や責任を押し付けたがる、怠慢で、頭が悪く、正義感の無い裁判官』であったとして、まともな判決を下せるように、

 法律により『転倒事故・誤嚥事故に関しては、故意によるもの以外は、看護・介護側に責任は無い』と定めて、明記しておくしか方法は無いです!

 極端な意見に思われるかもしれませんが、出来ない人には、至極簡単なルールを決めておき、その通りにしてもらうしか仕方がないです。

 そうでもしないと、最低な一人の裁判官のせいで、何百万の現場職員が、理不尽に苦しめれられ続けるのですから!

 現場の状況を、全体を俯瞰して、冷静に分析すれば、転倒事故や嚥下事故について、現場に責任を押し付けるのは完全に間違いなのです。

 最後まで読んでもらえれば、その意味を理解してもらえると思います。 

転倒を完全に防ぐ事は不可能なのに、その責任を負わされる。100mを5秒で走れと強制され、出来なければ犯罪者にされる理不尽!

 高齢者や入院患者など、介護を必要とする人であれば転倒は、程度の差はあれ、誰にでも起きるリスクはあります

 誰にでも起きるリスクがあり、そのリスクを全て現場に負わせる、というのであれば、本来は、全ての入院患者・全ての入所者に職員が、つきっきりで対応しなければなりません。

 しかし、現実問題、そんな事が出来るはずはありませんし、病院に関しても、介護施設に関しても、そんな手厚い職員基準は定められていません。

 つまり、法令で定められた基準通りの職員配置では、転倒が一定確率で起きる事は当たり前の事であり、転倒を完全に防ぐ事は不可能なのです。

 さらに、たとえマンツーマンで対応していたとしても、突然躓いて勢いよく前方に倒れる人、下肢の力が抜けて膝から真下に崩れ落ちる人を確実に助けられる訳ではないです。

 ふらーと倒れそうになる人を、助ける事は、すぐ傍で介助していたならば、ある程度は可能です。

 しかし、全体重が真下に落ちるように勢いよく倒れる人を瞬時に反応して、無傷で支える事は至難の業です。

 人間の身体を物体として捉えたならば、大体50㎏くらいあります。膝から上でも40㎏くらいあります。

 本気で想像してみてください。素早く移動する50キロの鉄の棒が、突然に最下部だけが止まめられ勢いよく倒れたら、それに反応して50キロの鉄の棒を確実に受け止められますか? 

 膝から上を想定して、浮いていた40キロの物体が突然落ちたら、それに反応して確実に受け止められますか?

 すぐ近くで見守っていたとしても、最大限集中して見守っていたとしても、全く過失がなくとも、経験豊富で最高技術を要する介護職員であったとしても、防ぐ事が困難な転倒がある事を知って欲しいです。

 常に一対一で対応出来ないという人員の制約がある点からも、転倒は時に人間では助ける事が困難なケースがある点からも、病院や介護施設での転倒を完全に防ぐ事は困難なのです。

 不可能な事を求められ、屁理屈を並べて過失と責任を負わせるなんて、理不尽極まりない事です。

食す限り、誤嚥を完全に防ぐ事は不可能なのに、誤嚥の責任を負わせるなんて、法律をよる暴力である!

 誤嚥に関しても、高齢者や病気で嚥下機能が低下した人ならば、誰でも誤嚥のリスクはあります。

 たとえ適切と判断された食形態であっても、嚥下機能が低下している人が食事をすれば、誤嚥するリスクは0では無いです。

 意識レベル・嚥下機能・咀嚼機能・義歯の状態等に応じて、食形態を適切に切り替えていたとしても、調子よく食べられる時もあれば、ムセたり、詰まる事はあります。 

 嚥下状態が良くなり、食形態のレベルを慎重に一つ上げる時もあります。

 そして、レベルを上げた食事をした際に、ムセてしまい、食形態を戻す事だってあります。

 特段、嚥下機能の低下が指摘されていなくても、高齢者や病気を患った人ならば、食事中に突然ムセたり、喉に詰まらせしまうリスクは誰にだってあります。

 むせて誤嚥性肺炎を発症する事もありますし、むせる事なく誤嚥性肺炎を発症する事もありますし、突然詰まって窒息により亡くなる事もあります。

 一定の確率で起きている事ですから、誤嚥事故は、全国の各家庭でも一定数起きている事です。

 家庭で起きた時は『不幸な事故』なのに、病院や介護施設で起きた時だけ『重い責任を負わせる』なんて、責任の過剰な押し付けに他なりません。

 法律の不備を利用した、病院・介護施設・現場職員への卑劣な虐めです。

 病気を患った人が入院している病院、高齢者が暮らす介護施設では、一般家庭よりも、誤嚥事故が起きる可能性はずっと高いです。 

 しっかりと見守っていても、適切な食事形態の食事を提供しても、誤嚥してしまう事はあります。

 詰まった物を喉からかき出そうとしても、上手く取れない事もあるでしょう。

 適切に対応していても、誤嚥は一定数起きますし、誤嚥で肺炎を起こしてしまう事もあれば、誤嚥が原因で窒息死してしまう事だってあります。

 人間が食する限り、誤嚥を完全に防ぐ事は不可能ですし、誤嚥で亡くなる人をゼロにする事も不可能です。 

 食事前に口腔体操をしたり、必要な人には水分にトロミをつけたり、食事をする入所者全体を見守りしたり、その時々の状況に応じて、出来得る限り適切な対応をしていたとしても、誤嚥事故を完全に防ぐ事は不可能であり、一定確率で生じる事なのです。

 リスクは高いし、リスクを考慮して適切に対応していても防げない事は多々あるのが誤嚥です。

 それなのに誤嚥の責任を安易に訴えたり責任を押し付ける事は、病院や介護施設、そしてそこで働く人達を、不当に追い詰める事になります。

 不可能な事(誤嚥事故を確実に防ぐ事)を要求して、現場の実情を知ろうともせず思い込みで決めつけ論理的でない根拠をもって無理やり過失を擦り付け責任を負わせるなんて、どこかの非情な独裁者の所業と同じじゃないでしょうか。

 転倒も誤嚥も、全国の家庭において一定数起きていて、家庭で起きた転倒・誤嚥は不幸な事故として扱われるのに、それが病院や介護施設で起きれば、事件や損害賠償案件になるのは、ダブルスタンダードそのものです。

 入院・入所・通所において、人をお預かりするのですから、医療面に関しても、看護面に関しても、介護面に関して、一定の責任を負う事になります。

 しかし、病院・施設が背負う責任は、人間の能力で防げる範囲内の責任であり、なおかつ、基準の人員で看れる範囲内の責任である』この事を、今一度はっきりさせておくべきです。

 『預ける家族』も、『弁護士』も、『検察官』も、『裁判官』も、この当たり前の大前提をしっかり頭に叩き込んでおくべきです!

 絶対に転倒させたくないなら、家族が24時間つきっきりで看ていればいいのです。

 絶対に誤嚥を起こさせない自信があるなら、家族が3食全ての食形態を決め、食事をずっと見守っていればいいのです。

 『人の能力を超えた事・基準の人員で出来る範囲を超えた事』までも要求する事は、不当な嫌がらせであり、関係者に不当に精神的苦痛を与えた罪を問われるべきなんじゃないでしょうか?

運悪く訴えられた人は心をズタボロにされる!

 実際に転倒事故も、誤嚥事故も多くの現場で起きています。

 転倒・誤嚥のリスクが分かっていても、それらを完全に防ぐ事は不可能であり、転倒事故も嚥下事故も一定確率で起きるものです。

 そして、その確率通りに日本各地の病院・施設において、多数の転倒事故・誤嚥事故が起きています。

 多数の事故が起きていても、普段から適切に看護・介護をしており、家族との信頼関係が出来ており、正直に状況や事情を説明すれば、ほとんどの家族は、残念な事故であった事を理解し、納得してくれます。

 全国で転倒・誤嚥は多数起きていますから、もしも、本当に転倒・誤嚥事故が損害賠償案件ならば、多くの施設が損害賠償を払って倒産し、全国の病院・介護施設は壊滅状態になっているでしょう。

 一方で、適切な看護・介護をしていても生じてしまう転倒事故・嚥下事故に対して、一定数クレームや訴訟に発展してしまうケースもあります。

 長期間に及ぶ執拗なクレームや、裁判沙汰になれば事故に関わっていた看護師・介護士の心的ストレスはとても大きなものになります。

 職員が直接訴えられなくとも、職場が訴えられるだけでも「職場に大変な迷惑をかけた」と感じて気に病み、居たたまれない気持ちで、心はズタボロになります。

 執拗なクレームを受けたり、訴えられたりするだけでも、相当な心的ストレスを受けるのに、その上、理不尽に過失まで押し付けられる判決を出されるなんて、あまりに気の毒です。

病院や施設へ過大な要求をする事は、店員に言いがかりをつける迷惑系ユーチューバーのする事と同じようなものだとの認識を!

 一生懸命患者さんの為に働いてきたのに、ある日突然、何の落ち度もないのに、運悪く訴えられ、運悪く過失を認定されて、まるで犯罪者のように扱われる。

 そんな職員の苦しみを想うと、辛くてしかたないです。

 世間では、詐欺や虐めなど、故意に悪事や意地悪を働く輩が、何のお咎めもなく過ごしているケースがたくさん存在します。

 その一方で、何の悪意もなく、患者や入所者の為に走り回って頑張り、正しい判断で適切に仕事をしていた人が、運悪く訴えられ、心をボロボロにされ、酷い責めを負わされるなんて、そんな世の中絶対に間違っています! おかしいよ!

 そんな不運な医療機関や介護施設、現場の職員が、理不尽に苦しめられない為にも、

『転倒事故・誤嚥事故は、基本的に残念な事故であり、誰かが責任を負わされるものではない』

『人間の能力では困難な事に対して・基準の人員で看れる範囲を超えた事に対して、責任を追及する事は、過剰な要求である』

『病院や施設に家族を預けたからといって、全ての責任を病院や施設が負うものではない』という事を、もっと日本全体で認識を改めるべきです。

 『故意による傷害』、『仕事以外の事をしていた等の明らかな怠慢』、『判断を迷う事もない明らかな失敗』ならば、病院や職員にクレームを言ったり、訴える事は国民の権利です。

 しかし、真面目に一生懸命働き、難しい判断を結果的に間違ったとしたならば、それは責められるものなのでしょうか?

 そもそも人間は完全に、完璧に正しい判断が出来る訳ではない事を認識すべきです。

 そして、基準通りの人員を配置をしていても、常に一対一の人員がいる訳ではなく、一人で複数の方を受け持っているのです。

 現場ではとても忙しく、あちこちから同時に助けを求められる事も多々あります。

 人間の処理能力・判断能力には限界があるのです。多くの仕事を同時に抱えるほど、忘れてしまう事もあるのが人間です。

 たとえミスしたとしても、大勢の入所者を同時に世話していたら、思い違い・し忘れ・失敗が生じる事も、それは人間の能力の限界であり、そこまで責められる事なのでしょうか?

 あなたは同時に5人の話を聞き取り、理解出来るのですか? 5人を同時に助ける事は出来るのですか?

 真面目に仕事をしていて、迷う判断において、結果的に悪い結果になってしまった場合、それが特に転倒や誤嚥など防ぐ事が難しい事については、病院・施設・現場職員を責めるものではなく、不幸な事故だとの認識を持つ事が、本来の正常な状態なのではないでしょうか。

 真面目に一生懸命仕事をしている人に、転倒事故や誤嚥事故の責任を負わせようと、責め立てるのは、店に言いがかりをつけて迷惑をかける迷惑系ユーチューバーと同じくらい迷惑な行為だとの認識を、日本全体の雰囲気も、法律も持つべきです!

 どこかの大国のように、『お金持ちが有能な弁護士を雇えば、悪い事をしても無罪になったり』『泥棒が盗みに入った家で、ケガをして、入られた住民が訴えられて敗訴』みたいに、裁判ガチャで、人生逆転や地獄に転落なんて、嫌です。

 日本の病院・介護施設では、患者様の為、入所者様の為、利用者様の為、契約外の無償の優しさ、無償の取り組み、無償のサービスで成り立っていたり、より良い環境・サービスの提供に繋がっています。

 それは一重に看護師や介護士の個々の使命感の高さ、自己犠牲を厭わない奉仕の心があるからです。

 そんな優しい人達を、理不尽な裁判・判決で、追い詰めて、一体何がしたいのか?

 もう完全な契約社会にして、契約外の事は一切しない、転倒リスクの高い、誤嚥リスクの高い人は受け入れないし、出て行ってもらう、そんな病院や施設だけにしていきますか?

転倒や誤嚥に対して、真面目に向き合い、対策を手厚くする程に、過失を押し付けられるリスクが高まるのは、正義に反しているし、論理的に破綻している。

 ある県立病院での認知症入院患者の転倒事故に対して、その家族が県に数千万円の損害賠償を求めた訴訟があり、看護師の過失を認め、約500万円の支払いを命じる判決が地裁でくだされました。

 この看護師は別患者からナースコールが鳴り、見守っていた認知症患者が用を足している間に、そちらの対応に行き、その間にトイレを終えた患者が廊下に出て転倒し、外傷性くも膜下出血と頭蓋骨骨折をしてしまったそうです。

「認知症の患者から目を離せば、勝手にトイレを出て転倒する可能性が高いことは、十分に予見できた」「別室患者はおむつに排便すれば問題がなかった、別患者を優先しなければならなかったとは認められない」このような判決だったそうです。

 今回のケースでは、「センサーを付けて、転倒の危険がある事が明らかな人を放置した。ナースコールが鳴ったが、おむつをしていたのだからそちら放っておけば良かった」という趣旨の判決でしょう。

 しかし、センサーを付けるにしても、絶対に目が離せない場合だけでなく、多少危険性があるから見守れるなら見守りをして転倒リスクを少しでも下げる為にセンサーをつける場合もあります。

 そもそもセンサーが鳴った時点で、倒れている場合もあります。

 そうかといって、4点柵などで降りれないようにする事は、拘束行為に当たるので、基本的に出来ません。

 拘束は駄目、転倒も駄目、無責任に要求する人達のおかけ様で、現場は責任ばかり押し付けられ、どんどん疲弊しています。

 センサーをしていても、看護師がかけつけるまでの間に、転倒しているリスクは十分にあります。

 目を離すも何も、最初から、目が離れる時間はあるのですから。

 目を離した事に、全ての責任を押し付けるのはおかしいです。

 本当に立った瞬間、歩いた瞬間に転倒するリスクがある人なら、センサー対応以外の対応をしていたはずです。

 「センサーを付けていたのだから、『転倒の危険性が高い』」安易に決めつける事は出来ないのです。この判決をした裁判官の浅はかさが知れます。

 入院患者・施設入所者は、程度の差はあれ、全員が転倒のリスクはあるのです。

 センサーを付けていた事で、『転倒の危険性が高い事が明らか』と判断されて、重い責任が生じるならば、センサーをつけていなければ良かったのか?

 少しでも転倒リスクを減らそうと、センサーを付けたり、見守りを増やしたり、注意を促す申し送りを記すなど、転倒予防への努力をすればするほどに事故が起きた際にはそれだけ転倒リスクが高い人を見守り切れなかったと過失が大きくなってしまうのは、おかしいです。

 センサーも設置せずに、努力を怠っておいた方が、事故があった時の過失が小さくなり、センサーを設置して、努力をしていた方が、事故が起きた時の過失が大きくなるなんて、おかしいです!

命の危機かもしれないナースコールは放っておけという裁判官

 また、ナースコールが鳴らした人がトイレがしたいとは限らないです。

 色々な可能性が想定されます。苦しくなってナースコールを押したのかもしれない。

 ひとまずトイレで用を足している人と、苦しくなって命の危機を感じているかもしれない人とを、一瞬で天秤にかけて、ナースコールの鳴る方へ走ったのは、間違いでも、過失でもないです。 

 「トイレで用を足していた認知症患者がベッドへ行くまで見届けるべき」みたいな事を言っていた裁判官は、命の危険性があるかもしれないナースコールを放っておけという事なんですか?

 もしもナースコールの方を待たせておいて、ナースコールを鳴らした人が亡くなったならば、今度はそちらから訴えられて、賠償金を払う事になるのでしょうか?

 結局、どっちに転んでも、訴えられる可能性があるのです。

 こんな非情かつ非合理な判決を出すような馬鹿な裁判官に、日本の裁判を任せて大丈夫でしょうか?

 転倒・誤嚥で理不尽に訴えられる病院や介護施設で働くのは、やめておいた方が身のためです。 

他の看護師に見守りを頼む間は、2人の患者を放っておけというの?

「看護師はトイレで用を足している患者がベッドに戻るまで目を離さないか、他の看護師に見守りを頼むことで、結果を回避できた」みたいな悠長なコメントも判決文にあったそうです。

 しかし、フロアーをたった2人で看ているのだから、かたまって近くにいるはずもないです。

 もう一人の看護師は他のどこかのベッドサイドの患者さんの対応をしているかもしれません。

 多数のベッドのどこにいるか分からないかもしれない状態で、いつ見つかるとも分からないもう一人の看護師を捜している5分、10分の間に、転倒した人の事も、ナースコルを鳴らしている人も、両方放っておけと主張をする裁判官。

 判決文の内容を見ても、この裁判官が、現場の状況を全く理解していない事が証明されています。

 こんな滅茶苦茶な裁判官の判決で、関わった現場職員は心を打ちのめされ、こんな非合理な判決を聞き、全国の現場職員は、自分事に感じて、さらなる心労と課題な要求を感じて、現場で身も心も擦り減らして働かされる事になるなんて・・・。酷い。

転倒リスクの程度には幅があり、患者一人に職員一人の態勢でない中では、見守りを外す事は過失では無い!!

 転倒リスクのある人をトイレに残して、心配でドキドキしながらも、ナースコールを押して苦しんでいるかもしれない別患者の元へ走っていき、目の前で皮膚の感染症を患っている人が、排便をしてしまっているならば、目の前の患者を放っておく事など出来ずに、すぐに便の処理をしてあげる事も、看護師てとして、決して間違いではないです。 

 結果的にトイレで用を足していた認知症患者は転倒してしまいましたが、その結果を見てこの患者は転倒の危険性があるのは明らかなのに、目を離した看護師が悪いと決めつけるのは、まさに「結果論」でしかないです。

 そもそも認知症には幅が合って、認知症だから転倒の危険があると決めつける事は出来ません。

 重度の認知症の方でも自分で歩いて、自分で用を足して、自分でベッドまで戻れる人はたくさんいます。

 転倒リスクにも幅があって、歩けば確実に転倒する程にリスクの人もいれば、一週間に一回程度転倒する程のリスクの人もいます。

 一週間に一回程度転倒するリスクがある人でも、転倒リスクが高い人とも言えますし、転倒リスクがある人とも言えます。

 たった一回の転倒により、骨折や硬膜下血腫など大事になりますから、一週間に数回程度転倒するリスクの人でも、少しでも転倒のリスクを減らす為に、人感センサーを設置する事はあります。

 センサーを設置しているからといって、「転倒の危険性が高い」などと簡単に結論づけられるものではないのです。

 リスクの幅の捉え方に、基準などはなく、経験と勘に頼るしかないです。

 そして、どんなに経験を積んだ人でも、勘の良い人でも、これから5分間に転倒をするかどうかを正確に予測する事など出来ません。

 基本的に入院している人は、ほぼ全員転倒リスクはあるのです。

 転倒リスクがあるからと言って、必ず転倒する訳ではない、もしも一週間に数回程度のリスクなら、感染症を患う患者の排便処理をする5分の間に転倒が生じる可能性は低いと判断したのでしょう。

 運悪く、その5分の間に転倒が生じてしまったのです。

 現実問題、ある程度転倒リスクがある方でも、自由に歩行してもらう事はよくあるというか、推奨されているくらいです。

 常にマンツーマンで看れる訳ではない現場の状況において、少しでも歩行能力を落とさないように、ある程度のリスクがあっても、ベッドや車いすに頼り過ぎずに、歩行してもらい、筋力・体力の維持・向上を図る事は、間違いでないです。

 リハビリへの理解や造詣が深い病院や介護施設ほど、出来るだけ自立した生活が出来るように、一定のリスクを許容して、見守りを外して、自由に歩行する事を促す事もあります。

 転倒リスクのある人の見守りを絶対に外せないなら、マンツーマンで看れない時以外は常にベッドか車いすにいてもらう事になり、それは拘束行為に当たりますし、結果として廃用症候群を加速させて、弱らせてしまいます。

 ある程度のリスクはあっても、歩行が可能な方・自身で排泄動作が可能な方は、他の患者の支援に向かう為に、見守りを外して、ご自身で行ってもらう事は、普通によくある適切な判断です。

 常にマンツーマンで看れない人員状況の中で、『転倒リスクが少し高めの人には、他の方への対応をしなくて良い時には出来るだけ見守りをして、少し高めのリスクはあっても、そこまでリスクは高くないので、他の方への対応が生じた時には、見守りを外す事もある』という状況に応じて、転倒リスク軽減を目指しつつ、全体的な他の方へも対応も行う判断は現場では普通にある正しい判断です。

 今回のケースがまさにそうなのでしょう。

 もしも、歩けばほぼ確実に倒れるようなリスクの方なら、その場を離れなかったでしょう。

 今回の場合は、転倒リスクの確率を考慮した上で、まずは、どんなに危険な状況か分からない状態かを確認する為に、ナースコールが鳴った先に走り、そして、皮膚感染症のある患者の便を素早く処理する事の方が優先順位が高いと判断したのでしょう。

 その判断は、過去~現在までの多くの状況を把握した上で、二つに一つを選ばなければならない状況で、論理的に優先順位をつけて、目を離す事に心を痛め・リスクを背負い、その状況では適切な判断をしており、決して間違いでないです。 

 複雑な状況や事情が絡み合う現実に対して、「センサーつけてるのだから転倒リスクが高い」「認知症だから転倒リスクが高い」こんな珍答をする裁判官に、判決を下された関係者が不憫でなりません。

 こんな短絡的かつ筋の通らない判決文を聞いて、どんなに悔しい気持ちになった事か。

たとえ優先順位の付け方に、僅かな間違いがあったとしても、他の多数の患者の状況・段取りも把握しつつ、秒単位の難しい判断に、過失まで問うのは、人間の能力を完全に超えた要求である!

 とにかく、今回の判決を読むと、現場の職員の過失の可能性を探りに探り、何とかして、現場の職員に責任を押し付けようとする悪意を感じずにはいられません。

 そもそも、ここに登場する2人の患者以外にも、多くの患者がいる事をこの裁判官は忘れているのではないしょうか?

 この裁判官は、社会でまともに働いた経験もなく、椅子に座って一つの事にだけ集中していれば良い簡単な状況しか知らないのではないでしょうか。

 何十人?もいる他の多くの患者の命も預かり、その全て病状とリスクと経過その他諸々を把握し、その人達の逐一変わる状況も把握して、それぞれの患者に対しての、これから様子確認の順序や処置の段取りも頭に入れつつ、目の前の患者への対応をしながら、なおかつ、どのベッドから緊急のナースコールが鳴るか分からない状況で、難しい判断を数秒で決断して、自らへのリスクを承知の上で、助けを求める患者の元へ全力で走って向かう。

 現場というのは、物凄い情報量を頭に入れておきつつ、秒単位で、優先順位を瞬時に判断して、動いています。

 そんな壮絶な現場の過酷な状況を知っていたら、「他の看護師に頼みに行けば良かった」「ベッドまで最後まで見届けるべき」などと呑気な事を言えるはずがありません。

 そう言っている時点で、この裁判官は状況を全く理解する努力もせずに(職務放棄し)、こんな大事な判決をしていると想像すると、はらわたが煮えくり返ります。

 この裁判官こそ、状況把握を怠った、努力義務違反で罰せられて、資格をはく奪された方が世の為です。

 この裁判官は、のんびりと何か月も時間をかけて、状況把握の為の情報収集すら怠っているくせに、現場の数秒の難しい判断の事について過失があると、どんな顔をして責めるのでしょうか?

 自分の怠け癖と論理思考の出来なささを完全に棚に置いて、真面目に真っ当に働いていていて、特に悪い判断をした訳でもない現場職員に過失を押し付けるなんて、まともな人間のする事じゃないです!

 100歩譲って、助けを求めるナースコールを放っておいて、用を足している数十秒をただ待って見守り、その後もベッドへ戻るまで5分かけて見届ける判断の方が正しかったとしましょう。

 でも、何時間も分析を要するような難しい判断を、過酷な現場で秒単位で判断を迫られる状況で、結果的に間違った判断になってしまったからと言って、それはもう過失ではないです。

 人間の短期記憶力・分析能力・判断能力には限界があります。

 あの状況で、人間の能力の範囲内において、確実に正しい判断をする事は不可能です。

 不可能な事を要求しておき、運悪く悪い結果になったからといって、過失の責任を負わせる行為は、無実の人に難癖をつけて、痛めつける行為と同じです。

 現場職員に過失を擦り付ける判決を出した裁判官の行為は、凶悪な反社会的勢力や非道な独裁者が理不尽な制裁をするのと変わりないです。 

 故意の殺人を犯しても、精神面での責任能力が無いと判断される事があるほど、人間の能力の限界に対しては、寛大なのが日本の法律のはずですよね。

 自分の保身と出世の為に、あるいは、上司(総理と官房長官)からの点数を稼ぐ為に、公文書の改竄を指示し(森友学園公文書改竄事件)、そのせいで部下が悩み苦しみ命を断つまでに至ったのに、改竄を指示した人は起訴すらされないほど、日本の法律は寛大なんですよね。

 故意や悪意で犯罪を犯した人が罪を認められず、一方で、真面目に一生懸命頑張って、適切な判断をした人が過失を押し付けられる。そんな日本終わってます!

 過酷で厳しい現場の状況で、ギリギリの難しい判断を、結果的に間違ったとしても、それは過失ではなく、人間の能力的な限界なんです。

 何時間もかけても、現場の状況すら理解出来ない、理解しようとしない馬鹿が、自分の能力の低さを棚に上げて、こんな高いパフォーマンスを求めて、出来なければ『はい過失!』『はい賠償払え!』って決めつけるなんて、ちゃんちゃら可笑しい。おまえは独裁者か!と言いたい!

 こんなやる気も正義感も無い裁判官がのさばり続けるならば、法律により、『転倒事故・誤嚥事故が起きたとしても、故意やサボっていた場合以外は、基本的に過失でない』と定めておいてくれないと、安心して仕事も出来ません。

 今回のケースは、どんなに優秀な看護師であっても、2人の人員で、他の多くの患者の命も守りつつ、秒単位の時間内に、確実に全てを満たす判断・行動をする事は不可能な状況でした。

 そして、優先順位の付け方にも、間違いはなかったです。全く過失が無いのです。

弁護士の優秀さによって、公平公正であるべき判決が変化するのは、正義に反する!

 もしかしたら、今回のケースは、とっても優秀な弁護士が、「認知症患者だから転倒リスクが高い」「センサー付けていたのだから転倒リスク高い」「オムツつけていたのだからそちらは放っておけた」と、問題の単純化を図り、それに裁判官がまんまと乗せられた結果なんじゃないか?と疑ってしまいます。

 そもそも、『弁護士の優秀さ』や『裁判官の頭の悪さ』によって、公正公平であるべき裁判の結果が変化するのは、間違っています。

 裁判の結果により、訴えられた側が大きな損失を被るだけでなく、その判決の影響は全国の同様のリスクを抱えた多くの人々に影響を及ぼすのです。

 アメリカじゃないんだから、日本は、弁護士の優劣ではなく、全体の状況と人間の能力的限界を考慮して、事実を元に、公正かつ公平な判決を出すべきです。

 たとえ弁護士に、論点をずらされたり、論点の単純化を図られても、本質に立ち返り、現場の状況をしっかりと汲み取り、人間の限界も考慮して、本当に過失があると言えるのかを、正しく結論付けられなければなりません。

 警察も、検察も、裁判官も、政府の言いなり、煩い人の言いなりで、正義を忘れていませんか?

 優秀とされる弁護士に流されて、真っ当な判決を導き出せないならば、馬鹿な裁判官でも正しく判決を下せるように、①『転倒事故・誤嚥事故は、基本的に残念な事故であり、誰かが責任を負わされるものではない』『基準の人員で看れる範囲を超えて過失を押し付けるのは、過剰な要求である』『病院や施設に預けたからといって、全ての責任を負わせるものではない』という事を法律で定めて、明文化しておいた方がいいんじゃないでしょうか。

人権侵害と転倒責任、どっちにしろ訴えられる可能性がある!

 人によっては、転倒リスクがとても高い人でも、トイレまで付いてこられる事を強く拒まれる方もいます。

 本人の意向を尊重して、トイレの外で待ち、転倒すれば、見守りを外したと現場職員が訴えられ可能性もあります。

 また一方で、見守りの必要性が高いからと、食い下がってトイレまで付いていっても、人権侵害だと現場職員が訴えられる可能性もあります。

 どっちにしろ訴えられて敗訴する可能性、どう対応しても訴えられて敗訴する可能性。

 看護・介護職員は一体どうすればいいのか、国が正解を示さずに、重い責任だけを現場に押し付けるのはあまりに卑怯であり、理不尽です。

 結局、絶対的な正解なんてものはなく、裁判官に結果論で責任を押し付けられるリスクと心労を課せられているだけなんです。

 現場の職員は誰だって、転倒させたくないし、誤嚥してほしくないし、相手の人権を尊重したいです。

 その為に、人員内で出来る限りの対応をしています。

 たとえ「転倒事故・誤嚥事故は、基本的に誰の責任ではない」と明文化したからといって、転倒・誤嚥への対策を怠る事はありません。安心して、法律に定めてください! 

現場で、クレームや裁判沙汰になる事を極力避ける為の方策

 ほとんどの政治家は、お金・票・権力が欲しいだけですから、票に繋がらない事はしません。

 どうせ「転倒事故・誤嚥事故は、基本的に誰の責任ではない」などの法律が制定される事は、100%無い事は分かっています。 

 現状の法律が続くのですから、現場職員は、自らの身は、自ら守っていくしかないのが現実です。

 まずは、ややこしい人、ウザこい人、クレーマーで有名な人、すぐに訴えてくる人。そんな家族がいると噂の人は、入り口を閉じておく事が一番です。

 「申し訳ないです。定員が一杯ですので、他をお探しください」などと、上手に理由をつけてお断りしたいです。

 しかし、現実問題、医療・福祉関係で働く人達は、そんなクレーマーでも受け入れて、自らを犠牲にする良い人が多いです。

 現実的には、狂ったように執拗にクレームをし続けるうざこい人達、恫喝をしてくるような人達を、相手にしなければいけません。

 うざこい人達への対策として、最初の全ての入院契約や入所契約において、一人の患者・入所者に対して、付きっ切りで一人の職員をつける事は出来ない事をしっかりと説明して、納得してもらい、その事について署名・捺印をもらっておくべきでしょう。

 さらに、転倒・誤嚥等が生じないように努力する事、しかし転倒・誤嚥等が起きてしまう可能性は0ではない理由を説明して理解してもらい、その責任は負えない旨を説明して、納得してもらった事を証明する署名捺印をしてもらっておいた方が無難だと思います。

 そもそも、「24時間、常に見守りをして転倒させるな」と言うならば、家族が24時間見守る、もしくは、通常の入院費や入所費とは別に、二人分の人件費、一か月で50万円くらいを払って自分たちで見守り職員を探して、個人で雇ってくれば良いのですが、これは言ってはいけないですね。面倒くさいですね。

 そして、クレーマーの人・クレーマーが家族にいる人が、入院・入所してきたならば、他の患者や入所者よりも、優先して対応する必要があります。

 クレーマーの特徴は、他の人など放っておいて、自分達を優先しろと本気で想っている人が多いです。

 クレーマーの意向にそって、どんなに忙しくても、まずはクレーマー家族がいる患者・入所者を優先して見守り、援助して、他の方から助けを求められても、絶対に見守りを外さないようにしておいた方が無難かもしれません。

 執拗なクレームをしてくる人への対応は、時間的にも、人員的にも、精神的にも、通常業務の何倍もの資源を要します。

 そんな最悪の事態を考えれば、クレーマーに特別待遇しておいた方が、よっぽど無駄な労力を割く事に繋がります。

 現場の職員としては、公平に患者・入所者を支援したいので、心苦しいですが、クレームや裁判のリスクを避ける為には、基本的には緊急性の高い方を優先するなど、バランスの良い対応をしつつ、どちらか迷う場面ならば、クレーマー家族のいる方を優先した方が無難です。

 また、普段から、全ての患者や入所者、そしてその家族と良い信頼関係が築けるように、精一杯看護・介護をする事に尽きます。

  多数の患者や入所者に対して、忙しく走り回って看護・介護していれば、どうしても、ミスや失敗をしてしまう事はあります。どんなに努力しても、人間ですから、完璧な判断・行動は出来ません。

 人間が行う事ですから、ミスやトラブルを0にする事は出来ません。

 そこで、ミスやトラブルを事前に防いだり、事後に大きくしない為には、やはり相手との信頼関係が重要になります。

 患者や入所者に何等かの迷惑をかけてしまった際に、普段からの信頼関係が出来ていて、ミスが生じた状況・理由を正直に説明し、心から謝罪をすれば、多くの場合は許してもらえます。

まとめ

 基本的に、看護や介護の職員は、とても責任感が強く、献身的ですから、患者がわがままを言っても、理不尽な事を言っても、暴力をふるっても、セクハラされても、患者や入所者の責任ではなく、自分たちの責任だと感じて、対処しています。

 実際に、転倒が起きたい際には、現場職員は、自分達の責任だと感じて、心を痛め、次に起こさない為の対策を立てています。

 確かに次に起こさない為の対策を考える事は大事ですが、転倒や誤嚥の過失や責任まで抱え込ませる事は、現場に過剰な責任を押し付ける行為ではないでしょうか。

 防ぐ事が困難な転倒や誤嚥の責任まで負わせるのは、あまりに可哀そうであり、理不尽です。

 限られた人員で、あちこちから同時に助けを求められ、瞬時に優先順位を判断して、走り回って、急いで支援して、遅いと不満を言われながらも必死に素早く対応しつつ、絶対に転倒させないように、誤嚥が起きないように、頑張っていても、それでも、転倒が起きる事もあれば、誤嚥される人もいるのです。

 一人の人間が、離れた場所にいる複数の人間の転倒を完全に防ぐ事など、不可能です。

 つきっきりで介助していても、転倒を防げない事もあれば、誤嚥を防げない事もあります。

 本当に現場の過酷さを知っていたならば、人間の物理的限界を理解できているならば、適当な屁理屈を言って現場の職員に過失があるとは言えないはずです。

 そもそも、裁判の結果以前に、裁判に訴えられただけで、関わっている職員のストレスは半端ないものになります。

 「面倒な事を起こしてくれて」との心無い声が聞こえてきたら、もうその職場で働き続ける事は出来ないでしょうし、看護・介護の現場に戻る事も出来ないくらい打ちのめされるかもしれません。

 そんな現場の実情を知って、看護師や介護士を辞めようとする人が増え、看護師や介護士になろうする人が減っていくのです。

 こうして、本来ならば多くの人を助けてくれたであろう、真面目で優秀な看護師・介護士が、現場を去ってしまうのです。

 そりゃあ、転倒や誤嚥によって、家族が苦しんだり、亡くなったりすれば辛いでしょう。

 しかし、転倒も誤嚥も、人間の能力では防げないケースはあるのです。

 『転倒も誤嚥も、人間の能力では、確実に防ぐ事は不可能な現実』『転倒も誤嚥も、基本的には誰の責任でもない』これらについて、国は国民に周知し、国民に認識してもらうべきです!

 日本全体で、「転倒事故・誤嚥事故の責任は誰にもない!」との共通認識をもって、現場の職員に過大な負担を求め過ぎない事が、不要な心労により現場を萎縮させる事を防ぎ、より多くの人が幸せに看護・介護が出来、より多くの人が幸せに看護・介護を受けられる社会に繋がると信じています!

 

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笑ビー

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